東京・ミニシアター生活

主に都内のミニシアターで上映される新作映画の紹介をしています。

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【イベントレポート】映画『氷上の王、ジョン・カリー』 ジャパンプレミア★町田樹×宮本賢二「未来へと受け継がれるジョン・カリーの魂」

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2019年5月7日、新宿ピカデリーにて、映画『氷上の王、ジョン・カリー』ジャパンプレミアが行われました。さらに終映後には、フュギュアスケート界のレジェンドである町田樹さんと振付師の宮本賢二さんによるアフタートークイベント「未来へと受け継がれるジョン・カリーの魂」を開催。

”氷上の哲学者”とも呼ばれる町田さんの知的でなめらかな口調の解説、そして宮本さんの的確ながら笑いも誘うサービス精神溢れるトークで、フュギュアスケートファン溢れる会場を熱く盛り上げました。「東京★ミニシアター生活」では、当日の様子をトーク内容とオリジナル画像でレポートします。

美しいジョン・カリーのスケートを見事に切り取った映画

-まず本作の感想を聞かせてください。

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町田樹さん(以下、町田):何といってもジョン・カリーというスケーターの身体の美しさですよね。彼は映画でも描かれていたと思うんですが、フィギュアスケーターと同時にバレエダンサーも、志した人なんです。ですからフィギュアスケーターとバレエダンサー…「デュアルキャリア(2つのキャリア形成に、同時に取り組んでいる状態)」を歩んだものにしか体現できない美を、彼は氷の上で体現していたというのが、すごくこの映画から伝わってきました。スケート靴を履いた人間が、美しく映える身体のフォルムを熟知している人。

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宮本賢二さん(以下、宮本):まず、スケート自体の美しさ。力を入れずにスーッっと滑るところが真似は簡単にできないなという所と、いろんな困難な状況の中で、彼のスケートへの情熱や努力で、困難を乗り越えていったという姿がとても印象的でした。

-町田さんが字幕監修、学術協議という形でこの映画に関わることになった経緯は?

町田:『KISS & CRY』という雑誌で、良質なフィギュアスケート作品を批評するという連載を持っていたことがあって。その第1回目にジョン・カリーを選んだんです。そのことを本作配給のアップリンクが注目してくださって、声をかけていただきました。

-町田さんが『KISS & CRY』での連載第1回にジョン・カリーを選んだ理由は?

町田:芸術としてのフィギュアスケート作品を通史で見たとき、パッと、ジョンカリーの名が輝くんです。それに、私がジュニアグランプリで初めて、そして唯一優勝した大会が、イギリスで開催された「ジョン・カリー メモリアル」という大会だったんです。私とジョン・カリーの縁はそこから始まるわけなんです。

ジョン・カリーとはもともと縁が深かった町田さん

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町田:その後、私が踊った『エデンの東』『火の鳥』を振り付けたフィリップ・ミルズ先生という振付師が、劇中にも登場したジョン・カリーの先生、カルロ・ファッシさんのお弟子さんなんです。彼がバレエ界から、フィリップ・ミルズ先生をフィギュア界に招聘して、フィギュアの振付師に育てた人。だから、フィリップ・ミルズ先生から少しジョン・カリーの話は聞いていました。

ーでは、縁浅からぬ関係ですね

町田:はい。この映画のプロジェクトが始まったのが昨年8月。そこからずっと字幕監修したり、パンフレットに寄稿したりで半年以上経ちましたから、今日という日を待ちわびてました。字幕というのは、短いシーンの中にも視認性を高めた状態で入れていかなくちゃいけないので、1つのワードでいかに伝えるかを意識しました。下地の字幕はありましたので、フィギュアスケート用語を中心に、シーンに合うように監修させていただきました。

ジョン・カリーはすべてのスケーターの指標

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ー宮本さん、改めてジョンカリー選手の印象は?

宮本:1つの狂いも出さない、完璧主義者という感じですね。最初の『ドン・キホーテ』でも、スキッド(横滑り)の角度も、最後に絶対ズレてないんですね。角度があれば止まるタイミングが早くなるんですが、それを曲に合わせて浅いところで入って音で終わらせる、それもバックアウトからしていて…とにかく、細部まですごいんです。

町田:インスブルックオリンピックで、ノーミスで金メダルをとった『ドン・キホーテ』という作品は、ジョン・カリーの伝記によると、本番までの1カ月間、練習でもずっとノーミスだったそうなんです。

ーそれはどれくらいすごいことなんですか?

町田:たとえば、私が2014年、銀メダルをとった世界選手大会…あのシーズンに「1カ月間ノーミスで」と言われたら、多分ロト6を当てるくらい難しいです(笑)。彼には絶対的な自身があって「練習に裏打ちされた結果と美」だということですね。

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ー町田さんはフィギュアスケート専門誌で「町田樹セレクション・スペシャルアワード」という連載をされているそうですが、ジョン・カリーにアワードを贈るとしたら?

町田:「ポラリス(北極星)賞」という賞を贈りたいと思います。要は不動の起点として輝いている人。フィギュアスケーターだれもが目指すべき「指標」だと思います。文学作品や芸術の分野では、偉大な作品を「キャノン」という呼び方をしますが、ジョン・カリーの生み出した作品はキャノンと言える。目指すべき、学ぶべき作品です。

ー宮本さんが本作で特に印象的だったプログラムは?
宮本:後半の方に出てきた『ムーンスケート』。スケートって音楽と一緒に滑って、相乗効果で美しくなるものですが『ムーンスケート』に限っては、一瞬、彼の演技で音楽を忘れ去る、消えるというイメージを持ったんです。こんな表現の仕方があるんだ、とかなり衝撃を受けました。

ー町田さんが印象深かったプログラムは?

町田:あえて挙げるとしたら『牧神の午後』(※)。『牧神の午後』は、バレエ界ではニジンスキーが振り付けした、それこそキャノンですけれども。そこから多大なインスピレーションを受けて(『ロシュフォールの恋人たち』という映画を振り付けた)ノーマン・メーンと、ジョン・カリーが作った作品ですね。

ジョン・カリーの『牧神の午後』は、今でもいろんなスケーターに影響を与えています。スケーターたちは、ジョン・カリーの振り付けから多くを引用して、プログラムに入れているんです。もちろん私も『牧神の午後』から引用させていただいた振りはいくつもあります。

(※印象深いジョン・カリー作品として、もう1作『After All』のタイトルも挙がった)

今のフィギュア界がジョン・カリーから受け継いでいるもの

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-お2人は振り付けをするとき、どのようにされているんでしょうか?

町田:私がモットーとしていたのは、優れた音楽をビジュアライズ(視覚化)するということですね。

宮本:私は、現役選手でいうと「去年より点数が高くなるように」「もっと綺麗に見えるように」「ジャンプが飛びやすくなるように」と。1つでも順位が上がるようにということを考えながら振り付けをしています。

-今の選手たちは、ジョン・カリーから何を受け継いでいると思いますか?

宮本:人を惹きつける演技力、あとはスケートの”伸び”ですね。力を入れず、どうやってスピードを出しているんだろうとか、そういう技術的なところも引き継がれていると思います。

町田:やはり「フィギュアスケートは、スポーツであると同時にアートやエンターテイメントである」ということを、だれもが胸を張って言るようになったのは、ジョン・カリー世代の功績だと思います。

この映画でも描かれていましたが、1960〜70年代は、男性が優雅に踊ることが許されなかった。偏見があったんです。彼はその偏見と戦って打ち破った人。私もプロ活動をしていた頃、その意志を継ぐというところもあって「フィギュアスケートは舞踊である」と社会に発信する熱い思いを込め、作品を演じることをがんばっていました。

映画『氷上の王、ジョン・カリー』の魅力

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町田:おそらくフィギュアスケート界において、完全なドキュメンタリー映像で構成された映画は、この『氷上の王、ジョン・カリー』が初めてなんじゃないでしょうか。その初めての試みが、ジョン・カリーという素材によって取り組まれているということで、世界的に注目されている作品。

この映画のジェイムス・エルスキン監督も「映像でアーカイブすることは大事だ」と言っていますが…本当にスポーツがそうなんですが、人間の身体運動は映像でしか記録できないんですよね。

そういう意味で、いかに映像のアーカイブで記録を構築していくかというのは、今後のフィギュアスケート界の課題だと考えていますし、私も取り組んでいきたいことの1つです。そういう意味でも、この作品は、本当に価値がある作品です。

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宮本:スケートの映画ができるというのは本当にうれしいことです。みなさんもぜひスケートリンクにお越しになって、スケートの体験もしてください。

町田:この映画は、ジョン・カリーの身体の美、作品の美を堪能できる映画であるとともに、きらびやかな氷上の舞台の裏側では、ジョン・カリーは様々な困難を抱えていて、それと戦いながら舞台に立っています。それは今も変わりません。今も多くのプロフィギュアスケーターが、ジョン・カリーが戦ってきたのと同じような葛藤と向き合いながら演技をしています。

これからも、ぜひプロフィギュアスケーター全員を、温かい目で応援して頂けたらうれしいと思います。ぜひよろしくお願いします。

            ★

 2019年5月9日(木)@新宿ピカデリー
登壇:町田樹(慶應義塾大学・法政大学非常勤講師)、宮本賢二(振付師)
司会:蒲田健(MC・パーソナリティー)
映画配給・企画:アップリンク
取材・編集・撮影:市川はるひ 

映画『氷上の王、ジョン・カリー』作品情報

 2019年5月31日(金)新宿ピカデリー東劇アップリンク渋谷アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開

【あらすじ】アイススケートをメジャースポーツへと押し上げ、さらに芸術の領域にまで昇華させた伝説の英国人スケーター、ジョン・カリー。1976年インスブルック冬季五輪フィギュアスケート男子シングルの金メダルを獲得する。しかし、マスコミが真っ先に伝えたのは、表に出るはずのなかった彼のセクシュアリティだった…。
映画はアスリートとしてのカリーだけでなく、栄光の裏にあった深い孤独、自ら立ち上げたカンパニーでの新たな挑戦、そして彼を蝕んでゆく病魔AIDSとの闘いを、貴重なパフォーマンス映像と、本人、家族や友人、スケート関係者へのインタビューで明らかにしていく。
これは、時代に翻弄され不当な扱いを受けながらも、屈することなく高みを目指し、人を遠ざけながらも愛に飢え、滑り、踊り続けた男の物語。

 

監督:ジェイムス・エルスキン(『パンターニ/海賊と呼ばれたサイクリスト』)
出演:ジョン・カリー、ディック・バトン、ロビン・カズンズ、ジョニー・ウィアー、イアン・ロレッロ
ナレーション:フレディ・フォックス(『パレードへようこそ』『キング・アーサー』)
<2018年/イギリス/89分/英語/DCP/16:9>
原題:The Ice King
字幕翻訳:牧野琴子/字幕監修・学術協力:町田樹
配給・宣伝:アップリンク

www.uplink.co.jp

©New Black Films Skating Limited 2018
©Dogwoof 2018

 

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(本ページの情報は2020年6月のものです。最新の配信状況は U-NEXT サイトにてご確認ください。)

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