2014年4月、韓国で起きたセウォル号沈没事故。この船には修学旅行中の高校2年生300人以上が乗っており、多くの若い命が失われた。この遺族の愛や悲しみを、内側から丁寧に寄り添うように描いたヒューマンドラマ。名優ソル・ギョングとチョン・ドヨンの共演で、すみずみまで潤った、切なさと優しさと喪失感がせめぎ合う感動作。
2020年11月27日(金) シネマート新宿ほか全国ロードショー
ある事故の遺族たち、その愛と喪失感
ソル・ギョング演じる、ジョンイルが、初めて訪ねたらしいマンションの呼び鈴を押している。中にいる母(チョン・ドヨン)と幼い娘はぼんやりとインターホンの映像を見つめ対応しない。怒るでもなく、自信なさげに諦めて帰っていくジョンイル、そして明確な感情を見せない母娘。サッパリ状況が分からない。冒頭シーンはそんな感じだ。
本作は全編を通して、説明や無理なリードがほとんどない。この作品の撮影現場で最重要視されたのが「感情に正直であること」だったという。出演している俳優たちは、生半可な解釈や歪曲をせず「1歩退いて深い感情の幅を伝える」ことを目指した。
だからこそ、この作品がセウォル号沈没事故にまつわるものだ、という情報やヒントはあっていいだろう。登場人物たちの根底にあるのは、若い命が失われた悲しみ・喪失感、そして彼らへの愛なのである。
情報も感情も、静かに深く広がっていく
そしてストーリーが進んでいくごとに、登場人物の関係性や状況は、明確に見えてくる。まるで現実の世界で、同じ職場や学校に通う仲間や、隣人の重要な情報が、何気ない会話に織り込まれていて「あっ」と思わされる。そんな風に積み重なっていく。
どのシーンもリアルで自然体だが、主人公の夫婦が、情感豊かな名優ソル・ギョングとチョン・ドヨンなだけに「物足りない」と思わせる時間は全くない(子役のキム・ボミンも素晴らしい)。観客が観てみたかったシーン、心にダイレクトに響く表情が、彼らから次々と紡ぎ出される。淡々と過ぎ去っていくのではなく、豊かに溢れ続けていく。
いかに洗練された韓国映画が増えてきたとはいえ、これほどスクリーンが潤いに満ちた作品には滅多に出会えないだろう。ちなみに、観ている側の潤いはとことん絞り出されるので、事前にハンカチの用意と水分補給をしっかりしておくことをおすすめしたい。
監督が遺族と過ごした日々
本作のイ・ジオン監督は事故の起きた翌年、2015年夏から安山(アンサン)を訪れ、遺族の元でボランティア活動をし、感じたことを脚本に込めたという。単に取材をしただけでなく、遺族に寄り添う経験を積んだ上で、精魂込めて書き込まれたシナリオなのだ。現実に監督が目の当たりにしたであろう遺族の集いが登場、そこで交わされる会話も実際にあったものかもしれない。
ハイライトとなる「誕生日」は、主演、助演、端役まで多くのキャストが集うシーン。撮影現場では、俳優たち、監督さらには製作陣までが、それぞれの感情を静かに吐き出しながら、30分のロングテイクで撮影されたという。監督が安山で経験した誕生日会のように「映画の中の誕生日会の場面が生きていてほしい」「意味のあったその瞬間をそっくりそのまま観客と共感できれば」という演出意図があるという。多くの観客に届くことを願いたくなる、想いの濃いシーンとなっている。
オススメしたい『君の誕生日』
- 2014年のセウォル号沈没事故が背景
- ボランティア活動をした監督が肌で感じた思い込めた脚本
- ソル・ギョング、チョン・ドヨンらの隅々まで情感のこもった演技
- 「歪曲をせず、1歩退いた」静かで豊かなリアルな演出
『君の誕生日』作品情報
【あらすじ】
2014年4月16日、セウォル号沈没事故でこの世を去った息子スホへの恋しさを抱きながら生きる、父ジョンイルと母スンナム。遺族の会からスホの誕生日会を開くことを提案されても、スンナムは、主役不在の誕生日は息子がいない現実を突きつけられるようで恐ろしく、拒絶してしまう。一方息子が亡くなった日、遠い地にいたジョンイルは罪悪感を抱えたまま、事故から2年もの時を経て家族の元に戻って来るが……。
監督・脚本:イ・ジョンオン
出演:ソル・ギョング(『ペパーミント・キャンディー』『オアシス』『1987、ある闘いの真実』)、チョン・ドヨン(『シークレット・サンシャイン』『ハウスメイド』『男と女』)、キム・ボミン(『ザ・ネゴシエーション』)、ユン・チャニョン
、キム・スジン(『1987、ある闘いの真実』)、イ・ボンリョン(『EXIT イグジット』 ほか
原題:생일
英題:BIRTHDAY
<2019年/韓国/120分/カラー/ビスタサイズ/5.1ch>
字幕翻訳:小西朋子
2020年11月27日(金) シネマート新宿ほか全国ロードショー
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