近年「死刑執行件数」世界第2位であるイランから死刑制度のを扱う作品がいくつも生まれているという。本作は、殺人罪で死刑に処された夫が冤罪だった悲劇から始まる物語。シングルマザーとなったヒロイン・ミナの過酷な運命と葛藤、決断を描く。緻密に計算されたフレーミングの美しさも印象的な衝撃のサスペンス。
2022年2月18日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国公開
死刑制度の是非を問う問題作、本国ではわずか3回の上映
死刑を言い渡された夫の処刑当日という衝撃的なシーンから始まる本作は、死刑執行件数世界第2位(アムネスティ・インターナショナル調べ)の国であるイランの作品。
司法を生業とする者の「罪と責任」にまで踏み込んだこの作品は、フィクションながら現実的な問題を観客に突きつける。そのためか、本作はイラン政府からの正式な上映許可が下りずに、惜しくも本国でわずか3回しか上映されていないという。それでも近年、イランでは死刑をテーマした作品が次々作られているそうだ。
主人公であるミナの置かれた状況、つまり女性の貧困やシングルマザーに対する差別的な扱いというのは、日本でも身近な問題であるが、夫と死別した原因が「冤罪による死刑」という重み・理不尽さが悲しみをより深くし、彼女の葛藤をより大きくしている。
白い牛のイメージ、牛乳工場で働くミナ


本作には、ずらりと並んだ人々の視線にさらされながら、刑務所の中庭に佇む白い牛のシュールなイメージが登場する。これは死刑を言い渡された無実の夫のメタファーなのだ。宗教的に牛は「生贄」という意味があるそうだ。
この唐突に浮かび上がる白い牛のイメージは、冤罪によってこの世を去ることになった夫の無念さ、そしていきなり夫を不当に奪われてしまったミナの孤独を掻き立てるようで、さみしくも美しい。このほかにも、本作では多くのシーンが絵画の構図のように計算されていて、見事なフレーミングとカメラワークであるのもみどころである。
そして、ミナが働くのもまた牛乳の工場であり、重要なシーンでグラスに注がれたミルクの白さが際立って見えたりと、一貫してタイトルにある「牛」が存在している。イスラム教の聖典を引き合いにすれば、牛には「目には目を歯には歯を」の「同害報復刑」を思わせる象徴でもあるのだという。
秀逸な仕掛けが準備されたサスペンス
数々のメタファーが盛り込まれ、社会問題を題材としている本作だが、ジャンルとしてはサスペンスであり、ストーリー上にさまざまな仕掛けが準備されている。「脳裏に引っかかっていた何かが」がここぞという場で正体を見せ、謎や秘密が明かされていく。
そして夫を奪われ、愛娘だけが生きがいとなったシングルマザー、社会的弱者のミナは、謎や秘密に翻弄され、さらに理不尽や悲劇を引き受けることになる。それでも彼女は、強引な男たちや世間に流されることなく、自ら進む道を選び取っていこうとする。
作品ニュース
コーダの少女が手話で演技
聴覚障害で口のきけない7歳の娘ビタ役を、手慣れた手話で演じるアーヴィン・プールラウフィは、親がろう者の“コーダ”なのだそうだ。おそらく日常的に身についている話術なのだろう。本作が初演技だというが、その表情や態度には、子役として大きな存在感がある。
⋱ 𝘾𝘼𝙎𝙏④⋰
— 映画『白い牛のバラッド』2/18公開 (@whitecow_movie) 2022年2月13日
ビタ役
【#アーヴィン・プールラウフィ】
本作が演技初挑戦。両親がろう者で、手話を日常的に使っているコーダ。
映画ではミナのろうあの娘、ビタ役を演じている
🎞️𝟮.𝟭𝟴 #白い牛のバラッド pic.twitter.com/GXClOlLvaX
主演兼監督、マリヤム・モガッダム
主演女優マリヤム・モガッダムは監督も兼任。もう1人の監督と共同で演出し、素晴らしいチームワークで本作を撮ることが出来たのだという。
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— 映画『白い牛のバラッド』2/18公開 (@whitecow_movie) 2022年2月11日
実の父親の死刑と
母親の姿に着想
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監督・主演 #マリヤム・モガッダム は
幼い頃、実の父親が政治犯として処刑された経験と母親の姿から映画の着想を得た#ベタシュ・サナイハ 監督
「これは私たちの周りにいる多くの人々の物語であり、世界中の人々の物語でもあります」 pic.twitter.com/B8H2KHaFyN
オススメしたい『白い牛のバラッド』
- 「冤罪」「死刑の是非」という社会的テーマ
- 心情を揺さぶられる緻密なサスペンス
- 絵画のように美しいカメラワークとメタファー
- 社会的弱者の、心の強さを描く
『白い牛のバラッド』作品情報
【あらすじ】
テヘランの牛乳工場に勤めるミナ(マリヤム・モガッダム)は、聴覚障害で口のきけない7歳の娘ビタ(アーヴィン・プールラウフィ)の存在を心のよりどころ生きるシングルマザー。夫のババクは、ある日、裁判所に呼び出されたミナは、殺人罪で死刑に処されてしまった夫・ババクが冤罪だったことを告げられる。あまりにも理不尽な現実が受け入れられず、謝罪を求めて繰り返し裁判所に足を運ぶが、夫に死刑を宣告した担当判事には会うことさえ叶わない。
失意のミナのもとに、ババクの古い友人だと名乗るレザ(アリレザ・サニファル)という中年男性が訪ねてくる。以前ハバクに借りた大金を返しにやってきたのだという。それからというもの、夫の実家と折り合いが悪く災難続きのミナを、レザはさりげなく助けてくれるようになり、ミナとビタも心を開いていく。ところがレザの身に不幸が降りかかると、レザは心身ともに衰弱して突然倒れてしまい……。
監督:ベタシュ・サナイハ、マリヤム・モガッダム
出演:マリヤム・モガッダム、アリレザ・サニファル、プーリア・ラヒミサム ほか
英題:Ballad of a White Cow
配給:ロングライド
<2020年/イラン・フランス/ペルシア語/105分/1.85ビスタ/カラー/5.1ch>
日本語字幕:齋藤敦子
2022年2月18日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国公開





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