東京・ミニシアター生活

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【5/14公開(休館劇場あり)】『ファーザー』認識と現実がズレていく……ミステリアスな世界に迷い込む、不思議な映像体験

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アンソニー・ホプキンスが第93回アカデミー賞主演男優賞を受賞したことでも話題の、イギリス・フランス合作映画。アンソニーの娘・アンを演じるのは、映画『女王陛下のお気に入り』で第91回アカデミー賞主演女優賞を受賞したオリヴィア・コールマン。認知症の傾向があらわれ始めた81歳の老人の、現実と幻想の境界が崩れていく様を描きながら、観ている者までその混乱に引きずり込んでいく、スリリングな演出が秀逸。最後には、人生の美しさについて考察できる人間ドラマ。

2021年5月14日 TOHOシネマズ シャンテ(※)他にて全国公開全国順次公開
※2021年5月中は、多くの劇場が休館中です。営業状況をご確認ください。

驚くべき「記憶の迷宮」という体験

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現在、人口の高齢化によって社会問題とも言えるようになった認知症。主に発症するのは高齢者だが、事故に遭った人や脳に何らかの問題が起こった若い人も発症することがあるという。脳の一部が萎縮したり、障害を起こしたりすることによって、認知機能・記憶力の低下といった症状が見られる。そして、認知症が進行すると日常生活や社会生活に大きな支障が出てしまう。

認知症は脳に原因があるため「怒りっぽくなる」「疑い深くなる」など、性格にも影響を与えると言われる。そうは言っても、周りが理解できないほど、認知症の人が怒り狂ったり混乱した言動を見せたりするのは、病による性格の変化だけでない。もし認識と目の前の現実が、度々大きくずれるようになったら人はどうなってしまうだろう。きっとあまりに恐ろしく、パニックを起こすのではないか?

覚えがないのに「さっき食べたでしょう」などとと言われ、楽しみにしていた食事の機会を理不尽に奪われる。大切な貴金属やコツコツ貯めてきた自分の財産を、家族が横取りしているので驚いて返却を迫ると「あなたがくれたのに」とか「誤解だ」と悲しそうに恨めしそうに訴えられる。「自分の勘違いか?」とよくよく考えてみても、そんな記憶は微塵もない。

さらには自分の住まいの扉を開けて隣室に入ろうとすると、次の瞬間、見たこともないような光景が広がっていて……それはまるでホラーやサスペンスの映画にでも飛び込んだような世界だろう。そんな不思議なことが我が身に起き続けるのが、認知症という迷宮なのだ。

今まで認知症を扱った作品といえば、患者に振り回される家族の悲しみや恐怖だったり、認知症の当人がだんだんぼんやりしていく様やパニックを起こす様子などを描写するにとどまっていたように思う。だがこの作品では、主人公アンソニーを通し、そのホラーやサスペンスのような恐怖を、自分ごとのように体験することになる。

小説家であり劇作家のフロリアン・ゼレール初の監督作品

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フランスの劇作家であるフロリアン・ゼレールが初めて長編映画を監督した本作。これは監督自身が執筆した舞台の戯曲が元になっていて、上演された舞台はすでに大きな成功を収め、数々の栄誉ある賞を受けてきた。出発が舞台だったと聞けば、なるほど、アパートの一室だけで完結するような出来事が中心に描かれている。

舞台ならではの大胆な発想はそのまま生かしつつ、映像化することで表情のアップや声づかいなど、名優たちの繊細な演技を味わうことができる。また、一瞬でセットが変化したり、人物が入れ替わったりといった視覚的演出も加えられる。だからこそ、観客は迷宮への入り口にぐいと手を引っ張られるような、強い刺激が楽しめるのだ。

もともと、注目を浴び続けている舞台で深めたテーマに、映像だからこそできる要素を加えた本作。フロリアン・ゼレール監督、初の長編作品でありながら、名優たちの演技だけに頼るわけでなく、熟成された趣きがあることも納得だ。

「自分の父を演じただけ」というアンソニー・ホプキンス

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娘アンを演じたオリヴィア・コールマンが本作のオファーを受けたのは、主演のアンソニー・ホプキンスと共できるから、という理由だったそうだ。 そして、監督が主演にアンソニー・ホプキンスを望んだのは「老いと死に対する深い認識がある」と感じたからだという。

その期待通り、アンソニー・ホプキンスは、威厳がありつつ混乱していく81歳の老人を丁寧に演じている。突飛な怪演は見られず、心に深く入り込んでくるような印象深い表情や態度を見せる。機嫌がいいときは若者にチャーミングさを見せることもある老人、アンソニー。国は違えど、おそらく日本の観客にも「なんだか知り合いの老人のよう」にすら感じられるのではないだろうか。

その演技プランは「自分の父を演じただけ」だそうで、緻密で量の多いセリフを暗記すること以外、今回「何の苦労もなく演じられた」という(ちなみに、出演を快諾したアンソニー・ホプキンスに合わせて、国、年齢、名前などの設定が書き換えられている)。

アンソニー・ホプキンスは自分の父の、死の間際の姿を振り返り「死を恐れる父はとても怒りっぽくなっていた」と言っている。認知症の有る無しに関わらず「自らの老いや死への悲しみ」は、高齢者の土台にある感覚ということだろう。

しかし映画の最後には、死を目の前にし、記憶が崩壊していく悲しさではなく、人生の美しさが映し出される。迷宮の果てにたどり着くものが何なのか。そこに期待しながら観られる作品と言える。

作品ニュース

劇場情報

21日金曜日より、新たに本作公開となる劇場です。

監督インタビュー動画を公開中

フロリアン・ゼレール監督のインタビュー動画をツイッター公式アカウントで配信中。

オススメしたい『ファーザー』

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  • 認知症の混乱を体験できる仕掛け
  • A.ホプキンスら名優たちの共演
  • 注目の舞台戯曲を映像化
  • 人生の美しさを印象付けるテーマ

『ファーザー』作品情報

【あらすじ】
ロンドンで独り暮らしを送る81歳のアンソニーは、娘のアンが手配する介護人をことごとく拒否してきた。そんな中、アンから「新しい恋人の住むパリへ引っ越す」と告げられたアンソニーは、少なからずショックを受ける。

しかし、それが事実なら、アパートに突然現れ、アンと結婚して10年以上になると語る見知らぬ男は誰だろう。娘は離婚したのではなかったのか? 彼らの真の目的は? そして、アンソニーが誰よりも愛するもう一人の娘、アンの妹のルーシーはどこに消えたのか。現実と幻想の境界が崩れていく中、アンソニーがたどり着くある〈真実〉は……。

 

監督:フロリアン・ゼレール(長編監督一作目)
出演:アンソニー・ホプキンス、オリヴィア・コールマン(『女王陛下のお気に入り』アカデミー賞主演女優賞受賞)、マーク・ゲイティス(「SHERLOCK/シャーロック」シリーズ)、イモージェン・プーツ( 『グリーンルーム』)、ルーファス・シーウェル( 『ジュディ 虹の彼方に』)、オリヴィア・ウィリアムズ( 『シックス・センス』) ほか

原題:THE FATHER
脚本:クリストファー・ハンプトン(『危険な関係』アカデミー賞脚色賞受賞)、フロリアン・ゼレール
原作:フロリアン・ゼレール(『Le Père』)
配給:ショウゲート 

<2020年/イギリス・フランス/英語/97 分/カラー/スコープ/5.1ch>
字幕翻訳:松浦美奈

2021年5月14日 TOHOシネマズ シャンテ(※)他にて全国公開全国順次公開
※2021年5月中は、多くの劇場が休館中のため、営業状況をご確認ください。

thefather.jp

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